PROFILE

はじめまして。石井茉莉絵です。安定したキャリアをなげうち、夢を追いかける選択。このサイトは、私の実績や知名度ではなく、生き方への共感や人生の仲間を増やしたいという思いにあります。

【経歴】
大学卒業後、手術室や高度救命救急センターに勤務しながら地域リーグでサッカーを続けていたが、2024年に海外挑戦を決意。
イングランドリーグで選手としてプレーしている。

【サッカー歴】
2004-2015 川崎フロンターレアカデミーガールズ
2006-2011 カリタス女子中学高等学校 フットサル部
2012-2016 昭和医科大学 女子フットサル部
2017-2024 FC Pearina
2024-現在 Actonians WFC(イングランド)

私のルーツと情熱の原点

私の人生の物語は、華々しい経歴や大きな実績から始まるわけではありません。原点は、いたってシンプルで、熱狂的なサッカー愛に包まれた家族にあります。

小学3年生の頃、弟が当時鹿島アントラーズで活躍されていた柳沢敦選手に似ていると言われたことがきっかけで、我が家は突如としてサッカーに夢中になりました。週末になると家族で車で遠方まで試合を観戦に行き、地元の川崎フロンターレ(当時はまだJ2でしたが、家族愛は熱狂的でした)の試合にも頻繁に足を運ぶようになりました。

弟が地元のチームでサッカーを始めると、父はコーチを、母までもがママさんチームでプレーを始めました。家族全員が、毎週楽しそうにボールを追いかける姿。 その光景を見ながら、私もごく自然な流れで、フロンターレのアカデミーでサッカーを始めることになりました。

小学校から大学4年生まで、フロンターレでの活動を続けました。一方で、私は私立女子一貫校のフットサル部に中学から高校の6年間所属し、高校2年生の時にはキャプテン兼部長を務めていました。髪をかなりのショートにし、土日の部活動や長期休みの合宿に全力で励む日々。部活の傍ら、フロンターレでの練習は、学校とは違う大切な仲間と会える「癒しの時間」でもあり、私の情熱を絶やさない生命線でした。

華々しい経歴こそありませんが、ここで培った「困難な状況でも長く強く、まっすぐ情熱を繋ぎ続ける力」こそが、今の私を支える礎となっています。

安定を捨て、海外へ飛び出した決断

選手を支える側へ:裏方への転身

サッカーを始めた当初は、将来選手になりたいという純粋な夢を抱いた時期もありました。しかし、自分の技術的な壁を感じたこと、そして高校1年の時に負った膝の負傷が、私に新たな視点を与えました。また、5歳の時に病気で入院した経験から、「自分は、表舞台で輝く選手ではなく、頑張り続ける人を裏方で静かに支える側になりたい」という思いを強く感じるようになりました。キャプテンとして華やかに指揮を執ることよりも、静かに、コツコツとやり続けることこそが自分の性格にも合っていたのです。

看護師としての使命とスポーツとの並走

その思いを実現するため、大学は医療系に進み、看護師の道を歩みました。手術室や高度救命救急センターで働く傍ら、地域リーグでサッカーを続ける日々。病院では、本当に多くの人生のストーリーに立ち会い、それは何冊もの本が書けるほど大きな経験となりました。

主に手術室で目にしたのは、大きな怪我を経験しながらも、人には見せない苦しさを乗り越え、競技に命をかけ、夢を与え続ける選手たちの姿でした。彼らの「静かな炎」と並走するなかで、「自分もいつかもっとサッカーを中心とした生活とキャリアを追求したい」という、消せない情熱を再認識するようになりました。

手術を通しての決意

そんな矢先、地域リーグでサッカーを続けるなかで、負傷していた膝は悪化し、ついに手術が必要だと告げられました。そして、私が勤める病院の手術室で、いつも一緒に働いているドクターや看護師たちに囲まれながら、自ら手術を受けることになったのです。 この経験こそが、私のキャリアを完全にサッカーの道へ転身する決定的なきっかけとなりました。

「安定」を拒み、信念を貫く

もともと、私は生活における「安定」というものに興味がなく、変化と成長を求め続け、自分の信じる道を選び、まっすぐ進むタイプでした。病院を辞める決断をした際には、多くの人から止められ、様々な言葉を投げかけられました。

それでも、私はこの人生180度変わる選択が、自分をさらに熱く、幸せにしてくれる最高な選択だったといま確信しています。日本での安定をすべて置いて海外へ飛び出した挑戦に、1ミリも後悔はありません。ただ残るのは、周りの人への心からの感謝と、この選択をした過去の自分への誇りだけです。

現在の挑戦と、生き方の誓い

挑戦の舞台:イングランド、Actonians WFC

決意を胸に渡英した現在、私はイングランド、西ロンドンにあるActonians WFCというチームに所属しています。エージェントの力を借りて、日本人が一人もいないこの異国のチームにたった一人でトライアウトから挑戦した経験、そのすべてがまず私をより強くしてくれました。練習や試合以外の時間には、現地のサッカーアカデミーにて、事務と子どもたちへのコーチングの仕事をさせていただいています。

サッカー選手である以上、日々結果と実力が求められることは実感していますし、100パーセントチームのためにも戦う日々に変わりはありません。

葛藤の先にたどり着いた「愛」の使命

ただ、そのような日々のなかでも、私がこの地でサッカーをするうえで大切にしていることは、実績を高く残し続け、個人の結果にこだわる精神だけではないということです。一人の人として、もっと広く深く自分自身を磨き、変化し、成長し続けること。これまでの看護師としての人生を通して得られた自分自身の強みを通して、多くの人の心を救うこと、誰かの力と勇気になること。実は、過去の自分のキャリアや、この180度の転換をこのように公開すること自体に、とても勇気がいるものでした。なぜならば、本気でサッカーをやっている選手や医療者の方に失礼じゃないか、と思う気持ちがあったからです。

このサイトの存在意義

それでも、私はこのサイトを通して、声を上げます。

  • 「こんな人生の選択をする人もいるんだな」
  • 「こうやって夢を追い続けながら、自分の人生に誇りをもって選択し、一人突き進む人もいるんだな」
  • 「こうやって生きる選択もありなんだな」
  • 「私ももっと頑張ってみたい」

そう思ってもらえる、きっかけになったら嬉しいです。

これは、私の「実績を魅せる」ためではなく、唯一無二の生き方のストーリーを届け、暖かく分かち合える「人生の仲間」が増えたらと願って存在します。

愛に溢れたアスリートとして、静かな情熱と笑顔だけは誰にも負けないド根性Girlの挑戦を、どうぞ見守ってください。

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました