死ぬ気で人を救った現場で、私は一つの真実を知った。
安定したキャリアを捨て、海外でサッカー一本で生きている私。その決断の根底には、華々しい夢や経歴ではなく、命の現場で得た、ある一つの確信があります。
私はかつて、高度救命救急センターで働いていました。そこは、事件、事故、自殺、薬物、災害、熱傷など、あらゆる特殊事案の患者さんを受け入れ、生きるか死ぬかの究極の救いの場所です。人工呼吸器をつけ、意識のない患者さんが大半を占める現場では、直接言葉を交わせる機会はほとんどありません。
ですが、私は信じていました。言葉を交わせない状態の患者さんに対しても、その方に携わるケア、その一挙手一投足に含まれる「言葉にできない思いや心」、つまり「愛」は、一つ一つ必ず相手に伝わっているのだと。
意識がなかった患者さんから突然届いた言葉

そして、その確信は、ある出来事を通してゆるぎない真実となりました。
あるとき、意識がなかった患者さんの容態が回復し、人工呼吸器が外れ、ご自身の口で食事ができるようになって、話ができるようになった方がいました。たまたまその方の前を通りかかったとき、その患者さんが私を手招きして呼んだのです。
その方の横に行くと、私の人生を決定づける言葉をいただきました。
「あなたは、唯一優しくしてくれた。だから元気になった。嬉しかった。」
私は驚き、「え?あなたが意識なかったとき、私が接したこと、覚えていらっしゃるのですか?」と聞くと、その方は頷き、「全部覚えてる。あなただけだった」そう言ってくださいました。
この出来事を通して、私は深く実感しました。目に見えない、何気ない言葉かけや、その裏にある心と愛は必ず相手に伝わっている。そしてそれは、その人の大きな入院生活、そして人生そのものに深く刻まれる、大事な「救い」の一つなのだと。
この経験は、私の人生の軸となりました。直接言葉を交わせる人、交わせない人に関わらず、私は世界中のどこの誰に対しても変わらず、言葉と行いすべてに愛を持って接したいと決心しました。
その愛と人の心を救う使命感は、現場がサッカーのピッチに変わった今も、海外の地に来た今も、私の核として生き続けています。
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