活動の様子がドキュメンタリー番組となって、フジテレビ系列で放送されました(30分間)
↑動画のなかで私がインタビュー出演しています(13分ごろ)
夢の出発点は「東京オリンピック」だった
私が大学を卒業後、看護師としてのキャリアをスタートさせる場所に東京の大学病院を選んだ大きな理由の一つは、そこが「2020年東京オリンピックの拠点病院」だったから。
世界から来る人々を受け入れる器と一流のオリンピック選手たちの治療に充分対応できる環境が整っていました。手術室看護師としてそこで過ごした濃密な5年間は、今の私の大きな財産となっています。


3年目、アフリカ・マダガスカルへ
大きな転機は3年目に訪れました。大学病院の「マダガスカル共和国医療協力プロジェクト」に、手術室看護師メンバーとして最年少で選出されたのです。
派遣先のマダガスカルは、世界最貧国の一つ。
日本のような最新設備も、清潔な水も、整った空調もありません。
治療を求めて何日も歩いてくる人々がいる、そんな場所でした。私たち医療チームが主に担当したのは、「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」という先天異常を抱えた子どもたちや、治療を受けられないまま大人になった方々の手術でした。


言葉を超えて届いた、純粋な笑顔
日本の医療団が来ると聞きつけ、到着時には、病院の前に数十人の長蛇の列ができていました。中には3日間かけて数百キロの道を歩いてきた家族もいました。
赤道直下、30度を超える酷暑。滅菌環境を守るために窓は開けられず、エアコンもない室内で、全身ガウンに身を包み、1日4件以上の手術に朝から晩まで向き合いました。
夕方のスコールで停電が発生し、手術ライトや麻酔器が止まる……日本では考えられない極限状態での仕事でした。
しかし、そんな過酷ななかで私を支え、心を突き動かしたのは、現地の子どもたちの姿でした。 病を抱え、決して恵まれているとは言えない環境にありながら、彼らは太陽のように眩しい笑顔で私たちを毎日迎えてくれました。
マダガスカル語という言葉の壁はあっても、目が合った瞬間に伝わる純粋な喜び。手術を終え、回復していく過程で見せてくれたキラキラした瞳。
「救う側」として発展途上国へ赴いたはずの私が、彼らの生きる力や真っ直ぐな笑顔、変わらない感謝と純粋な心にむしろ救われ、大切なことを教わっていました。






「今、ここ」で最善を尽くす強さ
マダガスカルで得た最大の学びは、
「どんな環境にあっても、命を懸けて命を救う」という覚悟でした。
言葉や環境がどれほど違っても、過去経験したことのないような困難が襲ってきても、目の前のことに集中し、最善を尽くす。
置かれた場所に感謝し、ただ前を向いてまっすぐ進み続ける。
目立つことなく、地味な一つ一つの機会と挑戦にいつも頭巡らし、考え、行動に命を懸け、命を救う。
この赤い大地で刻んだ覚悟のひとつひとつが、今の私の「イングランドで女子サッカー選手として向き合い続ける」という挑戦の、揺るぎない原動力になっています。
コメント
「今、ここ」で最善を尽くす!素晴らしいですね!読んでいて胸が熱くなりました!